tagoshuの雑記帳

マイボートオーナー、富山湾で釣りしてます。

アニメ『宇宙よりも遠い場所』に見る友情…?

お前らさ、言われてただろう? 「大人として扱う」と。自分たちで言ってただろう? 「安全管理が重要」と。なのに…

 …なのに、なんであんな身勝手で無意味な危険行為を犯すかね? 4人揃って、笑顔ではしゃいで。心の底からこいつら正真正銘のクズだって断言できる。

こういうのはね、断じて「友情」ではありません。典型的な「馴れ合い」ですね。

 

本作は高校生4人組が民間の南極観測隊への参加を目指す物語ですが、そのためにコイツらがやったことは、熱意をアピールすることと、バイトしてお金を貯めることぐらい。体力作りひとつまともにやらない。

しかし観光ではなくあくまで観測隊ですので、本当に必要だったのは、観測隊員として相応しい知識や技術、体力を身に付けることだったのでは? にも関わらず、ご都合主義的な展開で観測隊入りが決まってしまう。正直、馬鹿馬鹿しいです。

そういう「子供達」のことを大人達は信用していなかったので、こう釘を刺しました。「大人として扱う」と。つまり、「身勝手な行動は許さんぞ?」という意味ですね。

 

しかし高校生4人組は表面的にはそれに従いながらも、内心は観光気分だったのでしょう。大人の目が届かない場所で、4人揃ってアトラクション感覚ではしゃぎ、無意味で身勝手な自殺行為を犯しました。

ですがその事実は大人達には発覚せず、しれーっと何食わぬ顔で観測隊に参加し続けたのです。

 

…単にフィクションに過ぎないとしても、酷すぎる話だと思いますね。万一、計画に参加した高校生が、大人達の目が届かない状況で事故死したとなれば、計画全体が中止になっていたかも知れない。この4人組はクズなので、そんなことも分からなかったのです。

 

このように本作は、友情と努力と成長と感動の物語ではなく、馴れ合いと怠惰とご都合主義と身勝手の物語であると言えます。

 

そして、こういう批判をすると、本作のファンはこう反論します。

 

 「そんなのは表面的な評価だ。」

 「本作は本質としては『アイデンティティ・クライシス(?)』を題材とした哲学アニメなのだ。」

 「だいたい、確かにあれは危険行為かも知れないが、結果としては誰も死ななかったし、さほど問題視するようなことではない。100点満点で言えばせいぜいマイナス2点程度の欠点だよ。」

 

俺は頭が悪いので「アイデンティティ・クライシス(?)」とか言われても意味不明だし、確かに、表面的な評価かも知れない。だけどね、あの4人組のあまりに身勝手な行動は決して許されない。その程度の表面的な部分すら全く取り繕えていない、志が低すぎる作品だと言えます。そして、このような重大な問題点を過小評価する奴は正真正銘のクズだと思いますね。制作陣も、ファンも、全員漏れなくクズです。こんな作品に、総合的に高評価を与える余地など全くないのです。

 

…正直言って、本作のファンって頭がおかしいと思います。絶対に関わらないようにすべきです。俺はTwitterでは本作を高評価する連中は片っ端からブロックしてますね。

 

…でもさ、多分、「それぐらいのことは問題視しない」が多数派なんだろうな。

 

実話を話そう。東京農工大学天文部で花見した際のこと。その場に7人居たのに、5人乗りの車の運転手であるところのsmz君が、「俺の車に全員乗れ」と言い出した。俺だけは反対したが、他の全員が笑顔ではしゃいでたよ?

結局、反対してた俺も「お前だけやらないのは許さない」ということで無理矢理乗せられ、助手席に2人、後部座席に3人、トランクに1人を乗せてsmz君の車は走り出したのです。 こういうのを典型的な「馴れ合い」と言います。

このように、この世の中、クズの方が圧倒的に多数派なのです。この『宇宙よりも遠い場所』が好評だったらしい、という事実が、そのことを明確に物語っています。ま、人間なんて知的生命体と言えるレベルの生き物ではないですからね。仕方がないさ。

なお、花見の際に同乗した連中とは、今となっては何の関わりもありません。関わるべきではない相手ですので。

繰り返しますが、人間は知的生命体ではないので、この世の中、クズの方が圧倒的多数派なのです。関わる相手は選びましょうね。

 

宇宙よりも遠い場所』の話に戻りますが、本作にはオチがあります。

南極での事故で行方不明になった観測隊員の娘が、母親が使っていたらしいノートPCを発見します。そのノートPCはパスワードで保護されていましたが、娘は僅か2~3回の試行でパスワードを突破してしまうのです。

要するに、この母親はITリテラシーのないクズだったのです。事故死した理由は描かれませんが、多分、危機管理意識の甘さに由来した自業自得のミスの結果だったのではないでしょうか?

 

「ああ、このクズな母親があって、このクズな娘が育ったのか…!」

 

俺はそう深く納得し、視聴を終えたのでした。本作にはその後ももう2話ぐらいあったらしいですが、知らんがな。全く観る気がしない。

 

なお、俺は本作にはある意味で深く感謝していますよ。そのおかげでヤバイ奴らの存在が可視化され、関係を断つことができたのですから。結果として俺のTwitter TLは以前よりも快適になったと思います。ありがたいことです…!

 

ところで、本作に登場する高校生4人組が怠惰で身勝手で無責任なクズであるということは、反論の余地が全くない事実であるわけですが。本作のファンは何故に「それぐらい大した問題ではない」と擁護したがるのでしょうか?

…それはね、「本作を好きな自分自身のことを否定したくないから」ですな。

このように、自分が好きなことに対して、それが合理的に考えれば明らかに悪いことであっても、何かと言い訳して擁護・正当化しようとする。こういう心理のことを正常性バイアスと言います。

そしてこのような心理は、カルト宗教、似非科学、似非医療にハマる人達の心理と全く同じ です。

つまり、宇宙よりも遠い場所』は一種のカルト宗教 であり、本作のファンというのはその「信者」なので、正常な判断力を失ってしまっているわけです。そう考えると、本作のファンが「アイデンティティ・クライシス云々」と言って本作を高評価しようとする理由がよくわかりますね。「そういう教義」なのでしょう。本当、人としては終わってますね。

世の中には色んな人が居ますからね。カルト宗教に救われたと思う人も居ることでしょう。というか、いっぱいいる。それでもね、カルト宗教を肯定してはいかんのです。多分ね、それは「救い」ではなく「依存」なのですから。

 

まあ、アニメというのは宗教用語である「アニミズム」が語源であるわけで、元より宗教性が高いのかもですね。だから、変な形でずっぽりハマらないように気をつけねば。沼は深い。

この「正常性バイアス」というのは、あらゆる場面で人間の判断力を奪います。誰もがその罠にハマることが「よくある」ので、充分に気をつけたいものです。好きな物事に対しても常に冷静さを保ち、例え好きな物事であっても悪い点は悪いと素直に認める。そういう「普通の人間」でありたいものです。

 

なお、「コイツらの行動は確かに許されない。クズだと思う」と素直に認めた上で、「それでも、いやむしろ、だからこそ大好きだ」という人も居るかも知れません。そういうのであれば、個人的にはアリだと思いますよ。未熟さ、幼稚さを露骨すぎるほどに描いてこそ、人間らしさを感じる、という考え方もあるでしょうから。そして本作は、子供達の未熟さ、幼稚さを露骨すぎるほどに描くことには大成功しています。

繰り返しますが、人間は知的生命体ではないですからね。完璧な人間など居るはずがないし、あまりに真面目で誠実すぎる子供達の姿を描いても、物語としてはつまらないものになりがちかも知れません。とはいえ、本作の場合は過度にクズ過ぎる、と俺は断じますけどね。

 

改めてまとめると、こういうことです:

  1. 歩きスマホは危険であり、それをしない、許さないというのは 最低限の 安全対策である。
  2. 歩きスマホをする人や、「その程度のことは皆やってるし別にいい」と大目にみる人は、クズであり、全く信用できないし、信用してはいけない。
  3. 故に、本作の4人組も、本作の制作陣も、本作のファンも、皆揃いも揃ってクズであり、頭がおかしな連中であり、関わってはいけない。

当然の内容ですよね。これに反論の余地など全くないのです。

 

しかし何故こうも歩きスマホのクズが多いのでしょうか。自転車を両手を離してスマホ見ながら運転してる、というフルコンボの人も、そんなに珍しくはありません。その理由は簡単です。繰り返しますが、「人類は知的生命体ではない」からです。スマホは、頭の悪い人類には早すぎたのです。

先日、歩きスマホの人が白杖の人にぶつかって、腹を立てた歩きスマホの人が相手の白杖を折る、という酷すぎる事件がありました。歩きスマホをする全ての人、歩きスマホを大目に見る全ての人は、コイツと同類、同罪ですよ。